いっかすっで来やい(教えるから来なさい)

いっかすっで来やい(教えるから来なさい)
枕崎学校

2011年10月25日火曜日

ぼつぼつと始めんと時は過ぎてゆく

人生の目的は大まかに上げると先ず、
肉体を養う事、肉体を継続させること
精神を養う事、精神を継続させること
この二つである。

云いかえると
あら御霊、にぎ御霊をやしなうことで、さき御霊、くし御霊を継ぐということ
となる。

ふたつの云い方は似ているが前者は分析綜合的な考え方であり
後者は「ありのままの考え方」である。哲学的と日本型(ひのもとのかた)と云ってもよい。

肉体を養うとは、頂いた体を病を増やさぬように管理して成長させつつ死へと向かうことである。
自然に死ねる方向へ導くことである。
肉体を継続させるとは、異性との間に子をもうけて、その子を養い命を繋げてゆくということである。
その子に、同じように健やかに肉体を養う事を自分が教えなければならない。

精神を養うとは、

2011年3月21日月曜日

まんちんちゃん

「まんち」は、まん良がどん、「まんづ」ちゆな、「まんぢゅ」もすまんど、やっぱい、そごは愛情をこめて「まんちんちゃん」ちゆわんかね、、、と、オヂどんによく諭されるもんだった。

これは大事(でじ)な事である。返す返すもデジ足るなこっである。相手がアナLOG in なだけに、、^^ である。

ちゃんづけで言うという事は、とりもなおさず大切にしようという心持を表すからだ。愛着心を常に忘れぬように、、日頃から「マンチンちゃん」と発音しよう。

それはどういうところに現われてくるかというと、その扱い方やその相手に対しての態度に現れてくる。

つまり、呼び捨てにしていると、あるとき腹が時化たときに、そのものが大事ではないものに思えてくる、また馴れてしまって、価値がだんだん下がっていってしもとであります。

男にとって、まんちんちゃんはこよなく愛する大事な大事なものでなければならない。

男の喜びの源泉である。

2011年3月11日金曜日

いっかすっで、けぇ

いっかすっで、けぇ=教えてやるから来い


ここで、ないをすっかちゅと、まぐらざっの若っかヤボどんに、まんちんちゃんぬ中心として、人生のでじ(大事)なこっづ、いっかすっでがい、オがはなす聞かんかち事っだっど。


そいで、、標準語でないごで書がんかちゅうとだね、
滅多に聞がならん好が話ぅ聞っとぎゃ、やっぱい、そいないの勉強ちゅもんがデジ(大事)ちゅこっぼさなぁ。


わがらんこどばはオヂどんに聞けばよがえ、そいがコミュニケーションちもんよ、まぐらざっ弁ぬ、ちった覚えっ、わげ~だいの産土さん、つまり地霊とは げなもんか、心でつながってみれちこっ、
そいとまだ、標準語でや書ん難っかこづ枕崎弁ならス~ラスラゆがなっちこっぢょそあ。


まあ、きや、挨拶(えさっ)代わいだったがそら。


そいどんまあ、全部がまぐらざっ弁だっと、、あんまいぢゃあのぉ。
次回がい、按配すっで。


次回は、先ず「まんちんちゃん」についての授業ぢゃ。